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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)5556号 判決 1982年8月31日

原告

青木敦子

被告

皆木正三

主文

1  被告は、原告に対し、金六五五万四五四九円及び内金五九五万四五四九円に対する昭和五四年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の、その余を原告の各負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し、金一一三五万五六五二円及び内金一〇六五万五六五二円に対する昭和五四年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五四年一〇月二五日午後〇時三三分ころ

(二) 場所 八尾市春日町一丁目九番七号先路上

(三) 加害車 普通貨物自動車(大阪四〇さ八〇〇七)

右運転者 被告

(四) 被害車 原動機付自転車(八尾市い五九三)

右運転者 原告

(五) 態様 衝突転倒

事故現場は東西に通ずる道路と南北に通ずる道路の交差する信号機の設置されていない交差点であるが、加害車は東進して右交差点を通過して停止し、被害車は北進していたところ、突如加害車が後退の合図もなく西へ後退したため、両車両が接触した。

2  帰責事由

(一) 被告は加害車を保有し、自賠法三条の運行供用者責任を負う。

(二) 被告は本件事故において後退不適当の過失があり、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

すなわち、被告は加害車を後退させるにあたり、原告の直前にも三台の自転車、原付二輪車が通過したので、交差点を通過する車、人を当然に予想しえたうえ、加害車の荷台部分がホロをかぶせて後部がよく見えない状況にあつたにもかかわらず、後方を注視することも、警笛を鳴らすこともせず、あわてた不完全な心理状態のもとで、漫然と突如後退した過失がある。

3  損害

(一) 受傷と治療経過

原告は、本件事故により頭蓋骨々折、頭部頸部腰背部打撲挫傷の傷害を負い、右事故当日の昭和五四年一〇月二五日から昭和五五年二月一六日まで一一五日間八尾市立病院で入院治療を受け、同月一七日以降同病院に通院し、同病院のすすめで大阪府立病院に昭和五四年一二月四日以降通院し、後遺症として嗅覚脱失(後遺障害等級一二級)、味覚脱失(同一二級)、頭痛頭重感(同九級一〇号、神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)が残つた。

(二) 療養費 一一四万二一三四円

(1) 治療費未払額 七一万一二七七円

(2) 入院雑費 一一万四〇〇〇円

(3) 通院交通費 九万九四七七円

(4) 入院付添費 二一万七三八〇円

(イ) 家政婦分未払 一二万七三八〇円

(ロ) 家族分 九万円(一日三〇〇〇円、三〇日)

(三) 休業補償 一一五万九八四五円

昭和五四年一〇月二五日から昭和五五年九月一〇日までの分

(四) 逸失利益 二三八万一六七三円

後遺障害等級九級、期間六年(ホフマン係数五・一三三六)、労働能力喪失率三五パーセント

(五) 慰藉料 五九三万円

(1) 入通院分 二〇三万円

(2) 後遺症分 三九〇万円

(六) 物損 四万二〇〇〇円

(1) モータース代 七〇〇〇円

(2) レンズ 一万八〇〇〇円

(3) メガネ枠 一万七〇〇〇円

(七) 弁護士費用 七〇万円

(八) 合計 一一三五万五六五二円

4  結論

よつて、原告は被告に対し、前記損害合計金一一三五万五六五二円及び弁護士費用を除く内金一〇六五万五六五二円に対する不法行為の翌日である昭和五四年一〇月二六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(四)は認め、(五)のうち加害車は東進して交差点を通過して停止し、被害車は北進していたことは認めるが、その余は否認する。

2  同2は争う。

3  同3は争う。なお、後遺障害による逸失利益については、嗅覚脱失、味覚障害によつて逸失利益は生じない。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故は、原告の一方的前方不注視によつて生じたものである。さらに、本件事故現場交差点は、加害車の進路の東西道路の幅員が一二メートル(車道幅員八メートル)に対し、被害車の進路の南北道路の幅員は四メートルであつて、加害車に優先通行権があり、また、南北道路の交差点手前には一時停止の標識があり、加害車の後退運転、被害車の二輪車による修正を考慮しても、被害車の過失割合七〇パーセント、加害車のそれ三〇パーセントとなる。

2  支払 一五〇万円

(一) 自賠責より

(1) 治療費 六五万八三四五円(八尾市立病院分)

(2) 付添費 七万五一〇〇円

(3) その他 四六万六五五五円

(二) 被告より損害賠償金として 三〇万円

(三) 合計 一五〇万円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  同2のうち(一)(2)、(3)、(二)は認め、(一)(1)は不知。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。

二  帰責事由

1  自賠法三条

成立に争いのない甲第六四号証の五、弁論の全趣旨によれば、被告が加害車を所有していたことが認められ、右認定を左右する証拠もなく、他に特段の主張立証もないので、被告は加害車の運行供用者というべきである。

2  民法七〇九条

成立に争いのない甲第六四号証の四ないし六、本件事故現場写真であることに争いのない乙第二号証の一ないし三、原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果(一部)、弁論の全趣旨によれば、左の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、東西に通ずる歩車道の区別のある両側各一車線の幅員一二メートル(車両通行帯幅員各三メートル、路側帯幅員各一メートル、歩道幅員各二メートル)のアスフアルト舗装の直線道路と南北に通ずる歩車道の区別のない幅員四メートルの同舗装道路とが交差する信号機の設置のない十字型交差点で、交差道路相互の見とおしはよく、南北道路の交差点南北手前には一時停止線が設けられていること

(二)  被告は加害車を運転し、東西道路を西から東へ進行してきたが、当時仕事で八尾市の建築現場に行く途中で道がわからずすでに約束の時間に三〇分も遅れて急いでいたところ、道案内を申し出る人があり、同人運転の車両に追随して本件交差点にさしかかつたこと、加害車の先導車は右交差点で西から北へ左折しかかり、加害車も続いて左折しようとしたところ、北から南へ向かう対向車が現れたため停止し、南北道路の幅員が狭く離合が困難で先導車が後退する必要があつたことから、被告は道を開けるため交差点を約三メートル程通り過ぎて東西道路左端北側歩道沿いに加害車を停止させ、先導車が後退し対向車を通らせて後左折して行つたのに続いてこれに追随するべく自車を交差点内に後退させたこと

(三)  被告は、後退に際して、加害車の荷台に幌がかけてあり後方の見とおしがわるいにもかかわらず、当時交通閑散であつたことに気を許し、左後方に何か通つたような感じがしたのでその方に注意をしたのみで特段右後方の安全を確認せず、後退の合図も警笛もならさず、時速約五、六キロメートルで後退し、おりから交差点を南から北へ直進し通過し切ろうとしていた原告運転の被害車の右側面に、交差点北西角付近で自車後部を衝突させ、衝突してはじめて被害車の存在に気付いて停止の措置をとるも間にあわず、被害車もろとも原告を転倒させたこと

以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によれば、被告は、後方の見とおしのよくない加害車を交差点で後退させるのであるから、左右後方を注視してその安全を確認し、警笛をならす等して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたものというべきところ、これを怠り、交通閑散に気を許し十分に右後方を注視することも警笛をならす等して後退を他に知らせることもせずに漫然後退した過失により、本件事故を惹起させたものと認められるので、被告は民法七〇九条の不法行為責任を負う。

3  原告の過失

前記2掲記の証拠によれば、原告は被害車を運転し、自転車に乗つた原告の娘とともに南北道路を南から北に進行し、本件交差点にさしかかつたが、交差点手前停止線で一時停止し、東西道路を西から来た車両が北へ左折しようとしてその対向車と離合のため後退停止し、対向車通過後左折車が左折進行して行つたのを見て、他に東西道路を進行してくる車両もなかつたので、娘の自転車や他の単車等とともに北進を始め、その際、加害車が交差点の東北角付近の歩道沿いに停止しているのには気付いてはいたものの、まさか後退してくるものとは考えず特にその動勢に注意することもなく、右自転車や単車に続いて交差点内に進入し、後退し始めた加害車に衝突されるまで気付かず、交差点北西角付近に達して加害車後部と自車右側が衝突転倒したことが認められる。

右認定事実及び前記2の認定事実によると、本件事故の主要な原因は被告の前記過失にあるものといえるけれども、他方、原告も加害車は右前方に停止していたのであるから、左右前方を十分注視していれば、加害車が後退してくることに気付き得たものと認められるのに、衝突されるまでこれに全く気付いていなかつたことからして、左右前方に対する注視不十分の過失があつたものと認められる。

そこで、原告の過失を本件損害賠償額の算定にあたつて斟酌するに、被告の交差点内での後退にあたつての後方督認不十分、警笛不吹鳴、原告の左右前方注視義務違反等双方の過失内容、衝突地点、現場状況等前記認定の諸般の事情を考慮し、損害賠償額としては後記損害額から二五パーセントを減ずるをもつて相当と認める。

三  損害

1  受傷と治療経過等

成立に争いのない甲第一ないし第五〇号証、領収印の成立に争いがなくその余の部分については原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第六五ないし第七四号証、第七八号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八二ないし第八八号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、後頭部、頭蓋底骨折、頭部頸部腰背部打撲挫傷の傷害を負い、右事故当日の昭和五四年一〇月二五日から昭和五五年二月一六日まで一一五日間八尾市立病院で入院治療を受け、同月一七日から同年九月一〇日まで同病院に通院(実日数二一日)し、同日同病院にて後遺障害の症状固定との診断を受けた後も、ひきつづき同病院に昭和五六年一月二二日まで通院(実日数九日)するとともに、同病院の紹介により右入院中の昭和五四年一二月四日以降(昭和五五年一二月二三日までは通院実日数九日)現在まで大阪府立病院に通院し、そのほか、昭和五四年一一月一五日八尾徳洲会病院に、昭和五五年七月一日、昭和五六年一月一三日ハマノ眼科に、昭和五七年四月二三日大阪大学医学部付属病院に、それぞれ治療ないし検査のため通院したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

2  治療費 九八万四九七六円

(一)  治療費等(既払分を含む) 九四万九八二一円

(1) 八尾市立病院 九〇万四六九六円

成立に争いのない甲第一ないし第一〇号証、原告本人尋問の結果(一部)、弁論の全趣旨によれば、原告の症状固定した昭和五五年九月一〇日までの八尾市立病院の治療費は九〇万四六九六円であることが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

なお、前記1認定のように昭和五五年九月一〇日の後も原告は同病院に通院していることが認められるけれども、原告本人尋問の結果によれば右通院について医師の容認もあつたやにうかがわれるも、治療効果の観点からするとその必要性についてはこれを認めるにはいまだ証拠不十分といわざるを得ないところであり、結局同日より後の通院治療費は苦痛軽減や経過観察のための通院として後遺障害による慰藉料算定の項目で配慮の対象とすることは格別、本件事故による相当損害とは認め難い。

(2) 大阪府立病院 四八一五円

成立に争いのない甲第二〇ないし第二六号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告の前記症状固定までの大阪府立病院での治療費は昭和五四年一二月四日から昭和五五年九月九日まで(実治療日数五日間)の分三五一五円であることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

原告は右以後も同病院に通院しているが、症状固定後の治療の必要性については、前記(1)同様の理由で立証不十分というべきである。

なお、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八三、第八六、第八七号証、弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五七年四月六日大阪府立病院で嗅覚及び味覚の検査を行い、その費用として、診察料八〇〇円及び診断書料五〇〇円を要したことが認められ、右認定を左右する証拠はないところ、右合計一三〇〇円は、本訴の審理経過に照らして立証のために必要な止むをえない出費と認められるので、本件事故による相当損害と認め得る。

(3) 八尾徳洲会病院 三万四二八〇円

成立に争いのない甲第四三号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和五四年一一月一五日八尾市立病院の紹介により八尾徳洲会病院で診察治療を受け、その費用として三万四二八〇円を要したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

(4) ハマノ眼科 六〇三〇円

成立に争いのない甲第四一、第四二、第四九号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告は八尾市立病院の紹介で眼の精密検査のために昭和五五年七月一日、昭和五六年一月一三日ハマノ眼科で診察を受け、その費用として合計六〇三〇円を要したことが認められ、右認定を左右する証拠はないところ、右は原告の症状のより精密な立証の必要上やむをえない出費と認められ、相当損害と評価し得る。

(5) 合計 九四万九八二一円

(二)  入院雑費 一一万四〇〇〇円

原告本人尋問の結果、これにより成立の認められる甲第五三号証、弁論の全趣旨によれば、原告の入院中の一日当りの費用は一〇〇〇円程度と認めるのが相当であるから、八尾市立病院での入院日数のうち一一四をこれに乗じて得た一一万四〇〇〇円をもつて入院雑費と認め得る。

(三)  通院交通費 二万円

原告本人尋問の結果、これにより成立の認められる甲第五四、第五五号証、弁論の全趣旨によれば、原告方から八尾市立病院までの往復に要する通常の交通費は二二〇円、大阪府立病院までの往復に要するそれは六四〇円、ハマノ眼科までの往復に要するそれは四六〇円であることが認められ、右認定を左右する証拠はないところ、これに前記(一)(1)ないし(4)の症状固定までの治療ないしその後の検査診療のための通院状況をあわせ考慮すると、原告の通院交通費としては二万円を下らないものと認め得る。

(四)  入院付添費(既払分も含む) 二二万九四八〇円

成立に争いのない甲第四八号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第五一、第五二号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第三号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故直後の入院時重態であつたが、点滴諸療法によつてこれを脱し、以後昭和五四年一二月一日までの三八日間付添看護を要したこと、入院当初九日間は原告の母鷲尾きくが付添つたが、疲労で倒れたため、その後は職業的付添婦が付添い、その付添婦の費用のうち、自賠責から七万五一〇〇円が支払われ、その余の一二万七三八〇円は原告が負担したこと、以下の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

ところで、近親者の付添については、一日当り三〇〇〇円と認めるのが相当であるから、原告の母による付添日数九をこれに乗じて得た二万七〇〇〇円が近親者付添費と評価でき、これに右職業的付添費用二〇万二四八〇円を加算した二二万九四八〇円をもつて付添費用といい得る。

(五)  合計 一三一万三三〇一円

(六)  療養費合計のうち被告において賠償すべき額は、前記二3のとおりその二五パーセントを減じた額とするのが相当であるから、九八万四九七六円となる。

3  休業損害 八七万四六三八円

原告本人尋問の結果、これにより成立の認められる甲第五八、第五九、第六三号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八一号証、弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故当時平野源幸税理士事務所に勤務し、経理事務にたずさわり、昭和五三年の所得は一三二万五五三八円であつたこと、本件事故後、昭和五五年五月に数回試験的に一日二時間程度勤務した以外は頭痛頭重感疲労感により十分な仕事をすることができないため勤務を休み、昭和五六年一二月には退職したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

右原告の休業状況については、右仕事内容、前記認定の原告の傷害の部位程度、その後の入通院経過、後記後遺症状等に照らし、少くとも症状固定の昭和五五年九月一〇日までは全面的に休業したのもやむをえないことと認められる。

そこで、右休業による損害額を算定するに、前記年収一三二万五五三八円を年間日数三六六(昭和五五年はうるう年)で除し、右休業期間日数三二二を乗じて得た一一六万六一八三円となる。

それから前記二3の二五パーセントを減じると八七万四六三八円となる。

4  後遺障害による逸失利益 二〇六万三四三五円

成立に争いのない甲第四四ないし第五〇号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八三ないし第八五号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による傷害について、昭和五五年九月一〇日八尾市立病院で、頭蓋底骨折によるものと推定される嗅覚完全脱失、味覚の高度障害、自覚症状としての頭痛頭重感疲労、左眼瞼の挙上不十分下重傾向の後遺障害の症状固定との診断を受け、その後、昭和五六年一月一三日ハマノ眼科での精密検査により眼については眼底の乳頭に陥没があるほか異常なく後遺障害はない旨診断され、同月一四日の大阪府立病院の診断では頭蓋底骨折、多発性脳神経麻痺により嗅覚、味覚の脱失があり後遺する見込みとされ、さらに、昭和五七年四月一三日同病院にて再度嗅覚味覚の検査を行つたが、いずれも反応なしとの結果が出され、同月二六日の診断では嗅覚脱失、味覚脱失を認め、いずれも後遺障害等級一二級に該当するとされ、また、同月二三日の大阪大学医学部付属病院での検査所見でも、嗅覚味覚はいずれもほぼ完全な脱失をしているとの診断が下されたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

原告は、前記頭痛頭重感が後遺障害等級九級一〇号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することのできる労務が相当な程度に制限されるもの)に該当する旨主張し、前記認定のように原告の自覚症状として頭痛頭重感があり、これが当初の頭蓋底骨折等の重篤な傷害に起因するものと推定でき、原告が従前の経理の仕事に復することができず、結局のところ失職している状況にある事実等に照らすと、右主張もあながち首肯し難いわけでもないが、右頭痛等の原因となる他覚的所見が証拠上必ずしも明らかとは認め難く、また、他に右主張を根拠づけるべき原告側の具体的立証に乏しい本件にあつては、いまだ右主張を認めるには足りないものといわなければならない。

そこで、本件事故の後遺障害による逸失利益を検討するに、まず、計算の基礎となる原告の年収額については、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告は昭和一〇年二月一四日生で、平野税理士事務所に勤務するほか、当時他に勤めに出ていた長女と高校生の二女と生活をともにし、家庭の主婦として家事労働にもたずさわつていたが、頭痛等により勤め先を結局退職したうえ、嗅覚味覚の脱失により料理等の家事労働の重要な部分に重大な支障を生じていることが認められ、右認定を左右する証拠はないところ、原告の労働能力の喪失は今後の勤め先での勤務に支障をきたすばかりか、家事労働の場面でも著しいものがあることが明らかであり、かような事情に加えて前記勤務先での昭和五三年の年収が一三二万五五三八円であることをもあわせ考慮すると、労働能力の喪失による将来の逸失利益算定の前提としては、症状固定の年の昭和五五年賃金センサス産業計企業規模計学歴計女子労働者四五歳ないし四九歳の年間平均賃金一八八万七〇〇〇円を下らない数額とするのが相当である。

そして、労働能力の喪失割合については、障害等級の認定基準では嗅覚脱失及び頭部外傷等によつて生じた味覚脱失はいずれも一二級を準用し、系列の異なる身体障害の場合により等級の繰り上げがなされるので、本件事故による後遺障害等級は嗅覚脱失一二級と味覚脱失一二級との併合一一級と認めることができ、労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号によると労働能力喪失割合は二〇パーセントというべきであるが、右後遺障害は通常の労働よりもむしろ家事労働部分に影響が大きいことや前記計算の基礎とするべきセンサスの平均賃金のうち家事労働分(右センサスの数額と従前の勤務先での年収額との差額)の占める割合等を考慮し、さらに原告の前記頭痛や頭重感は前記症状に照らし少くとも後遺障害等級一四級には該当するものと認定しうることをもあわせ鑑みると、原告の労働能力喪失率は一〇パーセント程度と認めるのが相当である。なお、その存続期間については、右各障害が頭蓋底骨折に起因する器質約なものと推定できることからみて、回復の可能性に乏しいものと認められ、具体的反証もないので、原告の就労可能期間である症状固定の年から六七歳までの二二年間と認めるのが相当である。

以上の次第で、逸失利益算定の前提としての原告の年収額一八八万七〇〇〇円に、労働能力喪失割合〇・一〇を乗じ、さらに就労可能年数二二に対応する新ホフマン係数一四・五八を乗じて得た二七五万一二四六円が原告の後遺障害による逸失利益ということができる。

それから前記二3の二五パーセントを減じると二〇六万三四三五円となる。

5  慰藉料 三五〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の部位程度、入通院経過、後遺障害の状況、本訴経緯、原被告の過失内容の対比において賠償額は損害額のうちその二五パーセントを減ずるのが相当とする事情などをもあわせ考慮すると、慰藉料としては三五〇万円を下らないものと認める。

6  物損 三万一五〇〇円

原告本人尋問の結果、これにより成立の認められる甲第六〇ないし第六一号証によれば、本件事故により原告所有の被害車、メガネレンズ、枠が破損し、被害車の修理代として七〇〇〇円、メガネレンズ、枠の購入費として三万五〇〇〇円、計四万二〇〇〇円を要したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

それから前記二3の二五パーセントを減じると三万一五〇〇円となる。

7  合計 七四五万四五四九円

四  填補 一五〇万円

抗弁2(一)(2)、(3)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨とこれにより成立の認められる乙第三号証によれば、抗弁2(一)(1)の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

五  弁護士費用 六〇万円

本訴事案の内容、審理の経緯、認容額等を考慮すると、弁護士費用としては六〇万円をもつて相当と認める。

六  結論

よつて、原告の本訴請求は、前記三の損害合計額から前記四の填補額を控除して前記五の弁護士費用を加算した金六五五万四五四九円と弁護士費用を除く内金五九五万四五四九円に対する不法行為の翌日である昭和五四年一〇月二六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢延正平)

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